「NOと言わない」キャリア論 『イノナビ』の名付け親が語る、娯楽業界から経営中枢への16年

2025年、IBSの新しい顔として誕生したオウンドメディア『イノナビ』。
その名付け親は、現在、マーケティングから新規事業、業務改善の分野を統括し、経営数字まで握る椿だ。
営業出身でありながら、今や社長の右腕として会社の未来を描く彼に、16年間の軌跡を聞いた。
椿 孝浩(つばき たかひろ)入社16年目
経営管理本部 マーケティング部 統括部長
異色の経歴からIBSへ 。25歳、子育てニートから初めての「普通の会社」へ
イノナビ編集部:
椿さんがこの会社に入ったのは、いつですか?
椿:
入ったのは2008年です。コピー機の営業として入りました。
イノナビ編集部:
何社目だったんですか?
椿:
2社目です。1社目は娯楽業界で働いてまして…。20歳ぐらいからアルバイトで入って、最終的には5年ぐらい。店舗運営を任されていました。前の2年間は、劇団の裏方をやりながらバイトしていたんです。
イノナビ編集部:
えー、劇団!
椿:
劇団が一回休止状態になったので、ヨーロッパに行こうと思いついて。お店に「ちょっと2ヶ月ぐらい休みます」と言って、ポルトガルに行ったんです。ポルトガルからスペインへ行って、ぐるっと回って日本に帰ってきて。「帰ってきたので、働きます」ということで、お店に復帰したんですよ。そしたら、出社してすぐに先輩から「ちょっと本社で仕事があるから一緒に来い」と言われて、車で半分拉致られたような感じで本社に行って、気がついたら社員になるという契約を結ばされて。
イノナビ編集部:
働くって、入社だったんだ(笑)
椿:
そうです、無理やり(笑)僕は1ヶ月とか休みを取りたいから、社員は無理ですという話をしたんですけど、「全然休んでいいから、とりあえず社員になれ」と言われて。実際は、そこから辞めるまで、二連休以上を一度も取らせてくれなかったけど。
イノナビ編集部:
なんと…!お仕事内容としては、店舗を管理する感じですか?
椿:
そうです。初めは普通の店員をしていたんですけど、どんどん出世していって…。先輩と二人で店舗運営を任されていました。まだ20歳そこそこで、自分たちで全部決められて、すごい額のお金が動くから楽しいんですよ。多分、結婚して子どもができなかったら、辞めていないですね。

イノナビ編集部:
あ、辞めるきっかけは結婚だったんですか?
椿:
そうです。結婚して子どもが生まれて、家族を持ちながらできる仕事じゃないなというので辞めましたね。それが、25歳ぐらいの時だったかな。そこから一年近く、子持ちニートをやりまして。
イノナビ編集部:
えー!その時、奥様は働いてたんですか?
椿:
妻も働いてないです。ものすごく働いていたので、お金は貯まっていたんです。それで、ゆったりと子育てしながら。
イノナビ編集部:
いよいよ働こうと思ったのは?
椿:
いよいよお金もなくなってきて、そろそろ社会復帰しないとこれはダメだと思って。
僕、25歳までほぼ前職しか経験がない状態で、学歴も高卒なので、履歴書に書けることがないんです。だから、職安で絶対営業じゃなきゃ無理だという話をされたんです。でも、僕はシステムエンジニアをやりたかった。その頃はもう27歳になっていたんですけど、当時は年齢制限があって、「26歳以下」みたいな求人もあって、一歳くらいいいじゃんと思って面接に行ってみたりしてたんですけど。適性検査は完璧だったのに、年齢で落とされるんですよ。
イノナビ編集部:
やっぱり、一歳でもダメなんですね。
椿:
まあ、しょうがないですよね。で、なんとか2社面接に行って。1社は…まあ、環境的にちょっと厳しそうなところで。朝は始発から、帰りは終電になりそう、その代わりお金はいっぱいもらえそうな…いわゆるブラックな感じで。面接の時点で、「お前来週から来い」とか言われて、こちらとしては、「まだ来週、他の会社さんの面接があるので…」と言っても、「じゃあ、金曜日にお前の履歴書に書いてある携帯に電話するから」って。
イノナビ編集部:
怖すぎる。
椿:
携帯番号書くんじゃなかった、という感じだったんですよ。それで、当時はGBSという社名だったんですけど、ここに面接に来て…。もう一個の会社はやばすぎるし、もう決めるしかないという状態だったんですけど、その当時面接してくれた営業部長が超適当なんですよ。面接始まって30秒ぐらいで「うん、採用」って言われて(笑)
イノナビ編集部:
早い(笑)でも、おかげでその怖いところには行かなくて済んだんですね。
椿:
面接は適当でしたけど、ちゃんとした会社だなって(笑)あそこに行くとかあり得ないから良かった、という感じですね。
「コピー機以外も売ってこい」営業時代の転機
イノナビ編集部:
椿さんは、それまでに営業の経験があったわけではないですよね。
椿:
ないですね。でもまぁ、なんとか。新人王にはあと一台でなれなかったですけど。
イノナビ編集部:
えー!すごい!経験もなくて、いきなり結果が出せるものなんですか?
椿:
たまたま運が良かったんだと思いますよ。お客さん運というか。もちろん、苦労もしましたけど、他の人よりはしていないかもしれないです。
イノナビ編集部:
それは、なぜだと思いますか?営業に向いてるのかな。
椿:
今でも思いますけど、絶対営業には向いていないですね、でも、なんというか、プライドだと思うんですよね。入社して3ヶ月目ぐらいに、初めて一ヶ月の契約がゼロ台だったことがあって、それがものすごく嫌で。それからは、営業部じゃなくなるまでの間、絶対毎月一台以上は売る、ゼロはあり得ないという風にやっていたかな。

イノナビ編集部:
どうやってモチベーションを保っていたんですか?
椿:
家族の存在もありますし、その前の環境が、面白くはあったんですけど休みがなくて。睡眠時間がすごく少ない中で、ずっと仕事していたんですよ。まあまあ心が折れそうになることはありましたけど、休めるし、全然大丈夫だなという感じでしたね。
それに、昔からこの会社の人間はほとんど全員言うと思いますけど、うちの会社って本当に人間関係が良いんです。
イノナビ編集部:
インタビューさせてもらっていても、皆さん言いますね。人間関係で悩んだことはない、みたいな。
椿:
そうなんですよ。でも、外に出たら人間関係がギスギスなところも多いじゃないですか。ある時、転職して入って来た人がエレベーターで壁側を見て立っていたんですよ。
イノナビ編集部:
え?な、なぜですか?
椿:
人としゃべらないように。他にも、毎日、ものすごい荷物を一日中持ち歩く女性の営業がいて、その荷物の中には自分の案件に関連するもの全部入ってるんですよ。社内に置いておいたら、案件を取られるからって。
イノナビ編集部:
えー、社内でそんな。
椿:
昔は、そういう状態のところもあったんでしょうね。
まぁ、うちも働く環境が厳しかった時代がありますよ。トップダウン型で成果主義が徹底されていて。でも、そこで結束したというか、営業同士はすごく仲が良くて。この業界は、2年とか3年で人が辞めちゃうと言われいますが、うちの営業は入ったらあまり辞めないんです。
イノナビ編集部:
確かに。お客様に導入事例の取材をさせていただくと、「IBSさんは担当営業があまり変わらないのが良い、安心できる」とよく耳にします。
椿さんは、営業は何年くらいやられたんですか?
椿:
普通の営業としては、5年間です。
イノナビ編集部:
覚えているお客様とか、いらっしゃいますか?
椿:
全然、覚えていますね。今でもうちのお客さんでいてくれているところがほとんだし、営業担当が変わっても引き継いだ人間がちゃんとフォローしているので、安心だなと思っています。
イノナビ編集部:
なるほど。入社して5年経って、それからどうなったんですか?
椿:
5年経って、2013年の11月の30日。
イノナビ編集部:
え、具体的ですね。
椿:
忘れもしれないですね。夕方6時半ぐらいに会社に戻ってきて荷物を置いたら、当時の社長に「椿ちゃん」って呼ばれて。「お前、明日からコピー機以外のものを売ってこい」と言われまして。
イノナビ編集部:
ど、どういうことですか?
椿:
当時、お客様が複合機だけじゃなく、パソコンとか他の物も入れたいと考えているような案件で競合と相見積もりになると、”うちは複合機だったら絶対にコスト的に優位があるから、そこだけ入れてください”みたいなやり方だったんです。今考えると、もったいないような営業の仕方なんですけど、僕だけだったのかな?他のものもまとめて売っていたんですよ。
イノナビ編集部:
それはなぜですか?
椿:
確かにまとめて売ると、色々と手間はかかるけど、お客さま的にはその方が楽だろうなと思って。そういうのもあって、「お前なら売れるだろう」みたいな感じで言われましたね。
「とりあえず何を売るんですか?」と聞いたら、「じゃあ、ビジネスフォン」と言われて。当時は、仕入先もないし、工事してくれる会社もないし、という状態だったので、別のことで付き合いがあった会社さんに「ビジネスフォンの卸と工事を引き受けてくれませんか?」と泣きついて、受けてもらえるようになって。ビジネスフォンの構成なんかもわからないので、その会社さんに教えてもらいながら販売を始めたという形ですね。
明けて2014年、WindowsXPのサポートが終了する問題があって、パソコンの需要がむちゃくちゃ来て。大阪にはもう一人担当がいたんですけど、いやいや東京僕一人じゃ無理だよ、というような状態になったり…。そんなことをやりながら、2017年まで一人でやっていましたね。

イノナビ編集部:
一人って孤独じゃないですか。よくやれていましたね。
椿:
もうね、すごかったですよ。その当時入ってきた新人さんが、僕が朝一で会社に来て、ずっと電話をしながらいろんな作業をして、出て行ったと思ったら夜戻ってきて、またずーっと電話して、みたいなことを繰り返しているのを見て「なんだこの人は」と思っていたと言ってましたね(笑)
入社9年で部長へ 「眠れなかった10ヶ月」とコロナ禍
イノナビ編集部:
2017年以降は、どうなったんですか?
椿:
2017年の1月に、社長の方針として2017年の4月の1ヶ月間、営業を止めると言われたんです。
イノナビ編集部:
え、営業を止める?
椿:
営業活動をしない。その代わり1ヶ月間、全営業で、僕がやっていた複合機以外の勉強をしたり、新しい研修をしたりするから、そのためのプロジェクトチームを組むと言われて。毎週2回、社長も全部出席して、プロジェクトチームでどんなことをするのか、どんなものがいるのかミーティングすると。そして、「お前がPMだから、全部お前が進行させて、何をするか決めろ」と。
当時、僕は役職になりたくないとずっと言い続けていたんですね。役職が付いて売れたら、役職があるから売れたみたいに見えるから、それが嫌で。でも、プロジェクトが始まるちょうど3ヶ月前ぐらいに、社長から無理やり「お前も名刺に主任って入れるから」と言われて。嫌だなと思いながらも、3ヶ月間営業主任としてやっていたところだったんです。
プロジェクトは、ほぼ会社幹部たちで構成されていて、新しい方針だったり、今後何を売っていくのか、取扱商材サービスを増やすとか新しいサポートとか、4月に向けていろいろなことを決めて、つくっていかないとならない。3月の中旬ぐらいだったかな?いつも通りプロジェクトの会議が終わった時、社長に「ちょっと社長室へ」と言われて。

イノナビ編集部:
ちょっと嫌な予感がしています、今。
椿:
「実は、新しくICTの部門を作ることにした。で、お前そこの部長ね」と。半年前に主任になったばかりですよ。
イノナビ編集部:
何ランク上がったんだ?ぐらいの大出世ですね。しかも、新設の部の部長…。
椿:
そうです、そうです。で、そこからダーッと今に至るって感じです。
イノナビ編集部:
新設の部には、社員が配置されたんですか?
椿:
6人か8人だったかな。そこから半年ぐらいして、営業部から無理やり八十島を引っ張ってきて。
イノナビ編集部:
あ、「営業マン、心の叫び」の第一回に登場した八十島さんですね。
椿:
そうです。
イノナビ編集部:
新しく作った部はどうでした?
椿:
半年以上か10ヶ月ぐらいかな、寝れなかったですね。
イノナビ編集部:
えー、なぜですか?プレッシャーとか。
椿:
「どうしよう、どうしよう」って。これをやるからということで部門が新設されるのが基本かなと思うんですけど、うちは、部を作ってから何かで売上を立ててこいという形。何をどうする?というところから、全部自分で決めなきゃならない。
その当時、社内に部長クラスはほとんどいなくて、いても超ベテランしかいない状態で、まだ入社9年目だったし、もう不安とかプレッシャーとかでいっぱいでしたね。まわりを見ても先輩しかいないし、役職者なんて僕の10歳上、20歳上とかばっかり。何なら、僕の部署に配属されたメンバーは一人以外、全員僕より年上ですよ。
イノナビ編集部:
確かに、眠れなくなるかもしれない。
椿:
まあ、大変だったなって思いますけど。でも、一生懸命やったっていうか、やるしかないというか。
イノナビ編集部:
社長さんにすごく信頼されてたんですね。
椿:
いやいやいやいや。後半のほうはそうでもなかったと思います。とにかく予算がない中、金は使わず売上だけ上げろ、利益を出せと。どう効率よく利益を出すかっていうことをやろうと思っていたんですけど、社長から見たらあんまり言うこと聞かない部下だったと思います。
イノナビ編集部:
そこから、椿さんはどうなっていくんですかね…?
椿:
そこから、2020年から21年ぐらいまではコロナ禍の影響がありましたね。あの時は、部長職以外の社員は出社停止になって。
イノナビ編集部:
営業活動とかは、どうなっていたんですか?
椿:
もう、自宅で自分で電話帳調べて電話するしかない。システムもなかったので、どうにもならなくて、売上もめちゃくちゃ落ちましたね。
さらなる転換点 、レンティアグループインと榎本社長との出会い
椿:
やっと普通に仕事できるようになって、いつも通りの形になってきたと思ったら、2022年の3月にレンティアグループに買収されるというのが決まりまして。
3月の頭に全体会議をやって。土曜日は東京で、日曜日は大阪で同じように全体会議を行うからと全員集められて、「今月末をもってレンティアグループに買収されて、グループインすることになった」という発表があったんです。
イノナビ編集部:
それは、どんな風に受け止めたんですか?
椿:
いやー、頭が真っ白になりましたよね。そこから1ヶ月間は、本当にIBSが一丸にならないとバラバラになっちゃうと思っていたので、みんなでいろいろ対策してやっていかなきゃダメだねというような話を全体にしたりしていました。そして、榎本社長がいらっしゃって、そこからいろんなことが変わっていきましたね。
イノナビ編集部:
ついに来ましたね、榎本社長が。やっぱり、だいぶ変わるものですか?
椿:
だいぶ変わりますね。全然違います。それまでは、パソコンも営業は一人一台配備されてないみたいな状態だったのが、グループインしてからみんな使えるようになって、どんどん環境が良くなっていったんです。
グループインの効果も大きいですけど、やっぱり社長の考え方の違いがすごいですね。うちの社長は本当に人を大事にする方なんで。人がもう全てぐらい、本人たちのやる気が一番だというタイプで。
そして、社長の一番初めの方針として、全従業員と1ON1をすると。
イノナビ編集部:
社員、いっぱいいるのに…!
椿:
それにコミットしたんですよ。180人近くいる人間たちと、半年ぐらいかけて。その榎本社長の1ON1がスタートした日の一番初め、一番手が僕だったんです。
イノナビ編集部:
え!一番手!すごいですね。
椿:
いや、そうなんですよ。その時は、何でだろうなと思ったんですけど。今思うと、ミッションがあって、それを伝えるために一番だったのかなという感じですね。
イノナビ編集部:
取材前に伺ったんですけど、椿さんの働き方は、新設された部署の部長なんだけれども、ちょっと社長の秘書的なポジションもあると。その時から、種は蒔かれていたんですか?
椿:
そうですね。その当時、どこか僕の中で「でも、自分は営業だ」という気持ちがあったんです。実際にお客様のところにも行って販売もしていたので。でも、1ON1ではっきりと「お前はもう、営業じゃないから。マーケティングの部署を作りたい」と。
マーケティング統括、そして、経営中枢へ
イノナビ編集部:
わー、来た!マーケティング部をやるぞと言われた時、どう思ったんですか?
椿:
それまで、うちの会社にはマーケティングの部署はなかったんですけど、もちろん、マーケティングは必要だとは思ってはいたんです。実は、Salesforceを入れたいと前社長に提案したんですけど、ダメだったんですよね。だから、どうせ予算つかないしとか、目の前にやることが山ほどあって追われてるしとか、自分の中でいろんな言い訳をしていて。
でも、その時もマーケティング部を作ると言っても、まずやらなきゃいけないことが山積みで…。社名が変わるから会社のロゴも変えなきゃいけないし、会社概要も変えなきゃいけないし、ホームページも変えなきゃいけない。その辺の広報的なものも全部、同時進行でやっていたので。
イノナビ編集部:
そうか、封筒とか名刺とかも全部変えるんですもんね。
椿:
そうです。社長に就任されて2ヶ月後に、「マーケティングをやるんだったら、絶対に今のうちのシステムでは無理だから、一度Salesforceについての話を聞いてほしい」と申し出て。話をしたら、社長はほぼ即決しちゃいまして。その日のうちに、すぐ、事実上のイノテックスの責任者の方にも「これをやろうと思うんだけど」という話をしてくれたんです。「じゃあ、ちょっと打ち合わせしましょうか」ということで僕も呼ばれて、3人で話しをして。
その2週間後ぐらいかな?グループ合同でやる拡大戦略会議があって、そこにグループ会社の幹部の方々も同席するから、「そこで、お前の意見としてSalesforceを提案してくれ」と。「いやいや、その会議自体も初めてなんだけど。俺、そんなの行くの?」みたいな。そのための資料も全部作らなきゃいけなくなって。
イノナビ編集部:
え、椿さん作ったんですか?
椿:
ゴールデンウィーク明けにこういう会議があるから、それまでに過去の3年分のデータをまとめて、パワーポイントの資料にすると。「これを5月1日までにできるか」と。それが29日、5月1日の午前中までに完成させてチェックしてもらわないとならない。就業時間まではあと一時間くらいでしたね(笑)まあ、ここでNOは出せないなと思って。
もともと、娯楽業界の店舗にいた時にデザインをやっていたんですよ。もちろん、デザインの勉強をしたわけじゃないし、エクセルでポスターやPOPを作ったりですけど。その経験を活かして、なんとかパワーポイントも使いこなして。
イノナビ編集部:
やったんですか?
椿:
やりました。休みも含めて丸2日間あったので、そこでやるしかないと。それで、5月1日の午前10時ぐらいから打ち合わせして、社長に見てもらってフィードバックをもらって、「じゃあ、ゴールデンウィーク明けにまた見るから」と。僕のゴールデンウィークは終わったなという(笑)

イノナビ編集部:
椿さんのお話を聞いていたら、だんだんドラマかプロジェクトXみたいになってきたんですけど…!
椿:
これまで出たこともない会議で、わけもわからずグループ幹部の方々の前でSalesforceのプレゼンをして導入を決定してもらうという。
イノナビ編集部:
すごい!動きがもう、早いですね。
椿:
早いです。でも、導入を決めたらすぐに動かせるわけではなくて、Salesforceって、そこから要件定義して作り込みをやらなきゃいけないんです。もう、同時進行でいろんなことをやりながら、怒涛のようにやるしかなかった。
イノナビ編集部:
すごすぎる。そんな感じで立ち上がった椿さんのマーケティングの部署ですが、今は何人ぐらいのメンバーと一緒にやってるんですか?
椿:
今は、5人ですね。元々いたメンバーに、今年からこの『イノナビ』立ち上げを牽引してくれた渡邊 勘吾が入った感じです。勘吾はね、自分でマーケティングやりたいって言ったんです。うちは、自分たちで考えながらできる人間が多いのかなと。勘吾も含めて、すごく助かっていますよ。
僕が、他にもいろんなことをやらなきゃいけないのを理解してくれているので。重要なところ、必ず確認を取らなきゃいけないところは確認を取ってくれるんですけど、それ以外のところは、自分たちで考えてやってくれています。
イノナビ編集部:
部署が走り出して、実際にSalesforceも活用されていますよね。
椿:
そうですね。もうこれはね、本当に勘吾に尽きると思います。勘吾なしだったら、絶対こうなっていないので。彼も変わりましたし、頑張っていると思いますよ。
イノナビ編集部:
何が変えたんでしょうね、渡邊さんを。
椿:
やっぱり、楽しいんだと思います。
うちの会社って、感情論でなんとかするみたいな感じで、元々ロジカルな人間が少ないんですよ。でも、Salesforceだとその真逆じゃないですか。客観的なデータを元に動きを決めてやっていく。こうしたいと考えたことが実現していくから、嬉しいんだと思います。
イノナビ編集部:
なるほど…。椿さんが自由にやれる環境を作っているというのも大きい気がします。
椿:
いえいえいえ、僕はもう全然。逆に、迷惑をかけているぐらいです。
イノナビ編集部:
椿さんは、周りの人とも上手にコミュニケーション取っている感じがします。
椿:
いやいやいや、僕はコミュ障ですから。全然、コミュニケーション取れないですよ。もう、八十島とかには「こんなコミュ障、初めて見た」と言われます。
イノナビ編集部:
確かに、八十島さんは全くコミュ障じゃなさそうな感じはしますよね(笑)人間関係に恵まれているとおしゃっていましたけど、それは今もですか?
椿:
今もですね。尊敬できる社長がいたり、頑張っている部下がいたり。
イノナビ編集部:
自分は営業をやるんだと思っていたところから、だいぶ違うことやっていらっしゃると思うんですけど、どうやって業務を覚えるというか、習得するというか…。教えてくれる人がいたわけではないじゃないですか。
椿:
ICTの部署を立ち上げた時からずっと同じで、やることもやり方もないんだったら、自分で作るしかないという発想なので。なんとかするしかない。
こうやったらできるだろうというおおよその仮説を立てて、やってみて検証をして。それで、これだったら回るねという形を見つけていく。
イノナビ編集部:
仮説…、なるほど。大事ですね。今は、担当範囲というのはある程度は固まっていますか?
椿:
ある程度固まっています。マーケティングと、マーケティングの一部として作る仕掛けですね。それと、新規事業と業務改善が大体の柱ですね。プラス、もうちょっと細かいものもやっていて、金沢の会社との取引については、もう仕入れから何からうちの部門でやっています。
あ、もう一個あった。大きな業務。会社の数字ですね。
イノナビ編集部:
そこまで…!経営企画にも近くないですか?
椿:
そう、経営の数字は社長と僕で管理しています。
イノナビ編集部:
それも、気づいたらそうなってたんですか?
椿:
僕が数字の部分を引き受けて、総務系の仕事はシステム部にいるもう一人が引き受ける、それでなんとか凌ごうと社長と3人で話をして。試行錯誤しながら、来年度の予算を作り上げました。
僕、数字は全然得意じゃないんですよ。
イノナビ編集部:
あ、そうなんですか?
椿:
全然ですよ。なんでか、やることになっていますけど。それでも、自分ごととしてやれば何とかなります。
イノナビ編集部:
今、ご自身がされているお仕事って、やりたかったものなのか、それとも、遠くまで来たなーみたいな感じなのかでいうと、どうなんでしょうか?
椿:
気がついたらここにいたという感じですかね。必要だろうということをやっていたら、こうなった。
イノナビ編集部:
ああ、椿さんの生き方なのかもしれないですね。その場に適応できるというか。前の社長にも、新しくやって来た社長にも、めちゃめちゃ信頼されているじゃないですか。自分のどういうところが、そうさせると思いますか?
椿:
いえいえ。うーん…、なんとかするからじゃないですか。全部自責にするから。
会社で働いてたら、できないもん勝ちなところがあったりするじゃないですか。声を大きく、「できない」と言ったら、やらないで済んだり。全員ができない、できない、と言っていったら、最終的に僕のところに来るしかないんですよね。
イノナビ編集部:
椿さんは「できない」とは言わないと。
椿:
だって、誰かがやるしかないですからね。

イノナビ編集部:
それでなんとかしてしまうのは、すごいですけど。榎本社長は、椿さんから見てどんな人だと感じていますか?
椿:
社長は、もう本当に勉強になる存在で、とにかく学んでいます。なんだかんだで、僕が一番怒られているんじゃないかなという気がします。良い意味で、ですけど。
イノナビ編集部:
GBSからIBSに変わる中で、椿さんの社会人としての視座みたいものが、なんだかもう上げざるを得なかったような感じがしました。それって、椿さんにとってもっと仕事が面白くなったのか、それとも、ただただ大変になったという感じなのでしょうか?
椿:
面白くなりましたよ。やれる範囲が増えて、自分でこうしようと思ったらできるようにもなりましたし。社長は頭ごなしにNOを出す人じゃないので、こうしたい、こうするというのが全然、話しながらできている。
イノナビ編集部:
こういう体制になって走ってきて、これからこれやりたいことはありますか?
椿:
まだまだ、やりたいことはいっぱいありますよね。新規事業でこういうのをやってみたいなというのもありますし。今、コンテンツプリントというのもやっているんですけど、なかなか軌道に乗っていないから、それもなんとかしたいと思いながらも、日々忙しいという言い訳を武器に…。もっともっとやらなきゃいけないことがあるな、と思いつつ。
欲張りなんですよ。やりたいことがいっぱいありすぎて。
イノナビ編集部:
IBSは、もっともっと良くなる感じがしていますか?
椿:
伸び代しかないですね。まだまだ。
イノナビ編集部:
椿さんの部署も、まだまだ大きくなりそうですけど、どういうメンバーだったら入ってきて欲しいなって思いますか?
椿:
来るものを拒まずですけど、自分で考えてできない人はマーケティングは難しいのかなと思いますね。これをやると決まっていなくて、そこを考えるのが仕事だったりします。
イノナビ編集部:
でも、大変そうだけど、なんだか楽しそうですよね。
椿:
面白いですよ。いろんなことがあるなと思いながら、日々こなしている感じです。
イノナビ編集部:
椿さんは、やっぱりこれからもNOは言わないんですかね。
椿:
言わないと思います。
イノナビ編集部:
そのスタイルがどこから来たんだろうって、すごく気になります。
椿:
よく考えたら、演劇の裏方をやっていた頃から何から何までやっていましたね。それこそ、チラシとかも。
地元の友人の知り合いに、同い年ですごい脚本家がいて。彼と出会って、劇団を立ち上げるから手伝ってほしいと言われたんです。その彼はなんとかして僕を役者側で出したいと思っていたんですけど、僕はできることなら日陰で暮らしたいタイプなんです。営業をやっていた時も、成績トップとかそんなのいらないから、平均でずっとやったほうがいいという考え方でやっていたので。
もう、裏方として本当にいろんなことやって。その当時、ゲストで出てくれていたNHKのドラマにも出ていた結構有名な俳優さんがお酒を飲んでいる時に、脚本家に向かって「あんなにいい仕事する奴はなかなかいないから、絶対に手放しちゃダメだ」という話をしていて。なんで本人の前でするかな?と思いながら聞いてたんですけど。
イノナビ編集部:
それ、昔からなんですね…!娯楽業の時も、アルバイトのつもりだったのに社員にされていましたよね(笑)なぜか、呼ばれてしまう。

椿:
なんでしょうね…。小器用なんですよ、僕は。なんかこうやりたいと言われたら、なんとなく形にしちゃうからじゃないかな、という気がしますけど。
イノナビ編集部:
確かに。先ほど「自責」とおっしゃっていましたけど、そのプロセスを嫌々ではなく、割とひょうひょうとというか楽しそうにというか、やってくれるからかもしれないですね。一緒にやりたいな、と思わせるところがあるのかなと。
誰かがやらなきゃいけない、自分のところではNOと止めないという姿勢、すごく見習いたいなと思いました。
椿:
それは演劇の裏方の時の意識もあるし、娯楽業の時の経験からもあるかもしれないですね。
イノナビ編集部:
やっぱり人生って、すべて繋がっていくんですね。
椿:
そうかもしれないですね。
「気がついたらここにいた」と、椿は言う。
営業を経て、ICT事業部を立ち上げ、そしてマーケティング統括から経営数字まで見る立場へ。
その軌跡は決して計画されたものではなく、「やるしかない」を繰り返してきた結果だった。
「NOと言わない」
「全部自責にする」
「自分ごととしてやれば何とかなる」
椿の言葉はシンプルだが、その裏には劇団の裏方時代から培われた「形にする力」と、前職の厳しい環境で鍛えられた「折れない心」がある。
「営業に向いてない」と言いながら、新人王に迫る成績を残す。
「数字が苦手」と言いながら、経営数字を管理する。
「コミュ障」と言いながら、社長の右腕として信頼される。
「日陰で暮らしたい」と言いながら、光の当たる場所で会社を支える。
この矛盾こそが、彼らしさなのかもしれない。
『イノナビ』という名前に込められたのは、きっとそんな椿の姿勢そのものだろう。
道なき道を切り開き、仮説を立て、ナビゲートしながらチームと共に進む。
伸び代しかないIBSの未来を、椿は今日も「なんとか」している。